伝説のじーちゃん の巻(その壱)

私の母方のじいちゃんが亡くなってもう5年以上になる。

彼の名は要三(ようぞう)といって、数々の伝説を我が家に残していった。

まず、そのひどくでかい顔(顔がひどいと言っているのではない、ただ、ひどくでかいのである)と、まばゆいばかりにピカピカ光るはげあたま、そして、仁王像顔負けの大きなギョロ目(やっぱひどいかも‥‥)という風貌からして、人々の記憶に残らないはずはない。

福島駅の近くに「中合(なかごう)」というデパートがあるのだが、実家の居酒屋がそのすぐそばにあるので、じいちゃんは私が小さい頃、よく散歩がてらに手をつないで連れていってくれた。

そこでも、じいちゃんは有名だったらしく、ふだん社長にも挨拶しないような店員までもが、じーちゃんが通るたびに仕事を中断し、「あぁっ・・」という感じで深々とおじぎをしていた。

散歩がてらなので、買い物するつもりもない。
というか今までそこで買い物なんて一度もしたことないのに、すごいよじいちゃん。何やったの、じーちゃん?と幼心に思ったことがある。

隣にある山田デパートでもそうだった。買い物などしたことないのだから、厳密に言えば客などではない。

人は顔が恐いというだけで、はたしてそこまでのステータスに登りつめられるものであろうかと、未だに謎であるが、とにかくどこへ行ってもそんな感じのじーちゃんであった。

今回は、そんな要三じいちゃんの巻き起こした偉業をちょっと紹介します。

(1)ばーちゃんの通夜

まず、忘れられないのが、ばーちゃんの通夜の出来事である。

喪主であるじーちゃんは、親戚一同が集まった広間の、一番棺に近い位置に正座していた。

その真後ろに私の父、母など、ばーちゃんに近しい順に皆正座をして、その悲しみを乗り越えようとしていた。

私の位置から、じーちゃんの後ろ姿がはっきりと見える。その背中は、なんだか小さくて悲しげに見えた。

そのうち、ぼーずが入ってきて、お経を唱えはじめた。

「お金などという、はかないものに惑わされるな!」

などと言ってるくせに、自分は超高級車を乗りつけてやってくるので、私は信用していなかったが、じーちゃんは彼の説教にいたく感動していた。

さて、そんなぼーずのインチキお経が佳境にさしかかったところで、事件は起きた。

お経独特の節まわし、ぼーずもノリノリだ。木魚を叩く手にも力が入る。部屋はほのかな焼香の香りで満たされ、最後のお別れに嗚咽する親戚もたくさんいた。周りではハンカチで鼻をすする音もしている。

そのとき、みんなが気付いた。

じーちゃんの肩がぶるぶる震えているのである。

最愛の妻を失なった悲しみには、あの無頼のじーちゃんだって、人である。きっと今、あの仁王像のようだったギョロ目をかたく閉じ、大粒の涙をこぼしているのだろう‥‥。

そんな後ろ姿に、私の目にも涙があふれて来た。

その時である。

「ぷぅ〜〜〜〜〜〜〜っ」

間抜けな、しかし、ぼーずのお経よりもハッキリとした高音域の音が広間全体に響き渡ったのである。

だ。

誰かがをこいたのである。

誰だ(怒)!!

じーちゃんが泣いてるのである。わたしも泣いてるのである。だれもかれも、この悲しみを受け止め昇華させ、ばーちゃんを送り出す大切な儀式の途中なのである。
それを台なしにするのは、いったい誰なのだ!!

犯人は探すまでもなかった。

棺の一番近く、ぼーずの真後ろに正座して、背中をまるめて肩を震わせていたはずの一人の老人が、腰を浮かせ、お尻を可愛くプリっと右ななめに持ち上げていた。

「なぜ・・・。」「信じられない・・・。」

そんな思いはよそに、震えていたじーちゃんの肩はピタっと止んでいた。震えていたのは、悲しいからではなく、ヘを我慢していたからであった。

皆は仰天していたが、すぐさまあわてて大きく見開いたままの目を伏せた。

その場にいる全員が、見なかったことにしようと努力しはじめた。

あるものは、ひたすらに目を閉じ、あるものは足の痺れと戦う振りをした。

しかし、現実は焼香の香りより強く、ゆっくりと確実に私達にやってきた。

たまらないのは、父である。じーちゃんの真後ろにいた。うつむき加減の顔に・・!。みるみる顔を歪ませる父。

じーちゃんはこんなときでもやっぱり個性的で動物的であった。そのへの臭さといったら、毎日同じものを食べているとは思えないほどだった。目をつぶって声を聞くよりも、確実に誰か分かるほど独特の臭気を持っていた。

しかしわたしは幸運にも少し離れていたし、その独特の臭いにも多少慣れてはいたので、ハンカチで鼻と口を覆い、冷静に対処できていたと思う。

その後しばらくすると

「くさっ!」「クサッ!」

お経にまぎれて、あちこちで小さくつぶやく声が聞こえて来た。

従兄弟たちなどは、悲しみのあまり・・・ではなく、おかしすぎて苦しいあまり、とうとう席を立って出ていってしまった。

それからしばらくして再び、お経と木魚の音だけがこだまする、厳粛で悲しい空間は取り戻された。

しかし、みんなあの時、見なかったことにしようとし、その直後からもこの事を話すのはタブーとなってしまい、今となっては誰にも聞けないのだが、あの時あの場所にいた誰もがこう思ったに違いない。

はっきりいって、もう、ぼーずのお経どころではなかった。

ばーちゃんの通夜はこのようにして、喪主であるじーちゃんのヘによって台なしになってしまったのである。

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