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嗚呼、憧れのベネチアンプール の巻 「ベネチアンプール‥」 その言葉の回りにもくもくと香り立つ、なんとも優雅な雰囲気に、私は完全に心を奪われていた。 説明を読むと、「昔、実際に使われていた城を改造してプールにした」と、ますます興味をそそる内容。 きっとベネチアンプールでは、わんさといる美形ぞろいの召使いが、ライオンのお口から出る水をながめながら、プールデッキに腰掛ける私に、ベネチアングラスに注がれた赤ワインを持ってくるのである。 私がそんなアホな妄想を膨らませていた場所は、アメリカはマイアミの海岸沿いのユースホステル受付であった。 私が留学生だった時の話だ。 N.Y.の、インド人が経営する、かなりてきとーな激安チケットオフィスで、たしか往復200ドルくらいでチケットを購入し、友だちと二人で、その二か月後に墜落したTower airline に乗って、マイアミに遊びに来たのである。 全米で3本の指に入るという きれいなユースホステルの受付で、観光マップを見ていた私は「ベネチアンプール」を見つけてスタッフに尋ねた。 「ここはここから遠いですか?」「はい。ここからバスで2時間かかります」スタッフは言う。 でも私はもう決めていた。「ベネチアンプールへ行こう!」 次の日の朝9時、私はビーチへ行くという友人を置いて、ベネチアンプールへと向かった。 スタッフに言われたとおり、ユースホステル前から出るUptown行きのバスに乗った。 不安 なので車掌にも聞いてみた。「これはUptown行きですか?」 すると、黒人の車掌はけだるそうに言った。「Yes。」 これで安心である。私はマイアミの景色を見ながら余裕でイスに座っていた。 しかし、発車してから一時間経っても、一向に言われた乗換え地点のバス停は見えてこない。おかしい! そこで私はもう一度車掌に聞いた。「あのう、これはほんとにUptown行き?」 すると車掌、平気な顔でこう答える。「いや、Downtownゆきだよ。」 は? だからさっき確認したぢゃないかぁ! 安全運転でも うそつきはイヤである。 道に迷ったタコのような挙動不信の私を憐れに思ったのか、車掌は無言で乗換えチケットを握らせてくれた。 かくして私は出発してから2時間後、出発地点のユースホステルの前を通過して、無事Uptownへと向かったのであった。 それから正しい乗換え地点まで30分。 乗換え地点でバスを待つこと1時間。 乗り換えたバスに乗って1時間半で目的地付近のバス停に下り立った。 日差しもゆったりとしてきた時間である。 さあもう少しだと思って 辺りを見回すが、そこには道路と木が見えるばかりで、ベネチア臭い建物など一つもみあたらなかった。 人に聞こうにも、むこうから歩いてくるのはカランキョぐらいで 挨拶さえもできやしない。 どうしようかと考えていると、遠くに見える中央分離帯の上のバス停に、何やら看板らしきものがぶら下がっていた。 近寄ってみると、ベネチアンプール の案内板であった。 ほこりをかぶって斜めになった看板には、申し訳なさそうに、ちびっちゃい字でこう書いてある。 「ベネチアンプール 専用バスでここから45分。」 「…」 「専用バスっていつ来るんだろう…?」 私はバスどころか、車一台通りゃしない道に立って、ぼーっと考えていた。 このころになると、もはや、目的地のベネチアンプールが、孫悟空で言う ”ガンダーラ”となりつつあった。 そこに行けばどんな夢も叶う気がした。 もう、若い召使いも、ライオンの口も、ベネチアングラスで飲む赤ワインも要らない。 ただ、そこへたどり着きたかった。 私はもう、こーなったらいくらでも待ってやると覚悟を決めた。 そうして私はバス停のある中央分離帯の芝生の上でバスを待った。 暇なので本を読みはじめた。 本にも飽きると疲れたので横になった。 するとあまりに日射しが暖かいので、眠くなってきた。 そうしてとうとう…寝てしまった…。 私の人生の中で中央分離帯の上で寝るというのは、後にも先にもあの時だけであろう。 いや、そうであってほしい。 バスを待ってる間、私の前を通り過ぎたのは、やはり元気に歩いてくるカランキョだけであったから、その、びよょょーんとした、のどかな景色に安心しきってしまったのであろうが、今考えると、その一か月後にヴェルサーチが射殺された犯罪都市マイアミで、なんちゅう恐ろしいことをしたもんだと、我ながら関心する。 結局、私はベネチアンプール行きのバスのクラクションに起こされた。 時刻は午後4時過ぎ。プール行き最終バスであった。 やっとこすっとこたどりついたベネチアンプールには、若い召使いもいなければ、赤ワインも出なかったが、とてもとても美しい場所であった。 ヨーロッパの庭園を思わせる敷地に、色とりどりの花が咲いていて、それらは石造りの巨大なプールを囲んでいた。 お釈迦様こそいなかったものの、もしかしたらほんとのガンダーラではないかと思えるほどだった。 私はそこに着いたという事だけで満足であったが、閉園の時間が近付いたために、わずか1時間で追い出されてしまったのにはちょっとがっかりした。 「私は朝9時にホテルを出て、わざわざここまでやってきたのだぁ」 と、いつもなら言っていたかもしれないが、すでにカメ虫ほどの体力しか残されていない私には都合が良かったのかもしれない。 そして私はカメ虫以下の体をひきずって、岐路へと着いたのであった。 そのころ ホテルでは、待てど暮らせど帰らぬ私を待っていた友人が、昼間ビーチでナンパしてきた男とこんな話をしていたという。 男「君は一人で来たの?」 友人「いいえ、友達と来たの」 男「その友達はどこへ行ったの?」 友人「彼女は公共プールへ行ったわ」 男「はっ??」 男「こんなに綺麗な海がここにあるのに、なぜ彼女は公共プールへ行ったの?」 友人「…」 '03 5/18 |