伝説のじーちゃん の巻(その弐)

前回のじーちゃんの伝説の続きである。

(2)火曜日の朝

 それはじーちゃんがすっころんで頭を打って入院した病院での出来事であった。

普通、入院しているような老人は、今にも消えてしまいそうに、細くて弱々しく見えるのであるが、じーちゃんは違った。

顔の色つやもよく、そのでっぷりとした体のでかさと言ったら、病院一と言っても過言ではなく、いったいどこが悪い人なのだろう?といった感じであった。

そんな体も態度もでかいじーちゃんであるから、看病する方はたいへんである。

「かい〜」、「かい〜〜〜」

と、身動きが取れないものだから、さんざんかゆがり、その度にバカでかい声でうちの父ちゃん、母ちゃんは呼ばれた。

 しかし、その中でも一番手を焼いたのが毎週火曜日の朝になると叫ぶ内容であった。

病院の朝というものは、普段の生活ようなあわただしい雰囲気とは無縁の空間である。

病院内の誰もが、突然のナースコールに驚かされるようなことがなかった昨夜に淡く感謝しながら目を覚まし、そして何ごともない、平凡な新しい朝を迎えられた事にまったりと胸をなでおろし、まるでそんな事は自分とは関係のないことであるようにちゃんと用意され、ゆったりと運ばれて来た朝食に取りかかるのである。

しかし、そんな空気を引きちぎるようにじーちゃんの悲痛な叫びは発せられる。

母ちゃんの顔を見るなり、

「ようこちゃ〜ん(母の名)、

は、ハナゲ、鼻毛切ってくんちょ〜〜〜っ!」

「はなげぇ〜〜‥‥」

母は、うんざりとした顔で、

「今日はたいして伸びてないから切んなくともいいって‥‥。」

と言うと、じーちゃんは子供のようにさわぐ。

「だめだでぇ。今日は看護婦の加藤さん(仮名)の担当の日だから、鼻毛伸びてた人では会えねェんだ。

だから、ハナゲキッテクンチョ〜〜〜!。」

じーちゃんは、看護婦さんの加藤さん(仮名)がお気に入りで、彼女は毎週火曜の昼に、じーちゃんの検査を担当する人だったのである。

 いくつになっても、じーちゃんも男であったと思わせる出来事であったが、たまらないのは母であった。

毎週決まった曜日の朝に、大声で鼻毛切りをせがまれる母は、

「ようこちゃん、あんたもたいへんだねぇ‥‥。」

と、病院内をすれ違う見知らぬ人にまですっかりと名前を覚えられ、妙なところで有名人になってしまったのである。

そんなこんなで色々あったが、じーちゃんはその入院中のある火曜の朝に、突然亡くなった。

その時、私は東京に戻って来ていたのだが、ちょうどじーちゃんが亡くなったであろう時間に起こった大地震で目が醒め、なんとなく感覚的にそれを知ったのであった。

いまでは、それがじーちゃんのお別れの挨拶だったように思う。

それにしてもそれが大地震とは‥‥。

最後の最後まで、じーちゃんはすごい人であった。

しかしそれが鼻毛を切ってもらった後なのかどうかは定かではない(笑)

 ’02 8/1