続・魚屋の怪の巻

 魚屋さんでカニを買ってきてから四ヶ月が過ぎようとしていた。

 その間わが家では、着替えようと思ってタンスの前に立つと、タンスの隅っこに、脱走したカニを見ることができるという現象がおこったりした(どんなに水槽の背を高くしてもカニたちは、カニの上にカニが乗って、巧みな連携プレーで脱走してしまうのだ。引田天功もびっくりである)。

 そのようにして脱走して、ひっからびちゃったやつ、ケンカで負けて死んだやつ、いろんなカニ生(人生)があった。

 そして、それらの苦難を乗り越えて生き残ったカニが4匹いる。

ボス、中島、近藤、鶴田である。

ボスは言わずと知れず一番体が大きくて、コウラもしっかりしていて、穏やかな中にも強さを秘めた、風格があるカニである。

中島は、食われたか、病気か、それともむかしのヤクザ屋さんがやるあの儀式のように、とにかく足が3本くらいしかないやつである。

近藤はよく脱走するが、いつも捕まるやつ。何度やっても懲りない。昔、気付くといつもいなかった脱走癖のある同級生の近藤くんからその名をもらった。

鶴田は片方のツメが妙にデカイやつ。今は亡きジャンボ鶴田さんのように強そうなのでそう名付けた。(断っておくが私は別にプロレスファンではない)

 この4匹になってから特に病気もなく、戦いもなく、固定されたと思われた(たまに、どなたかの足が一本、水に浮いていたりするが…)。

 しかし、私はある日、ふとある不安にかられた。まるで動かないことが長生きの秘訣であるかのように、ひたすらじーっとしている彼らであるが、本来であれば賞味期限は2日で、魚屋で買ってきた次の日にはカラアゲになる予定だったやつらである。

このようにして、私に大切に名前までつけられて生き延びていられることは、彼らにとって本当に幸せなことだったのだろうか?ひょっとして、こんな狭くて、すぐに水がきったなくなる水槽で飼われるより、カリカリとしたカラアゲになりたかったと思ってるのではないだろうか?

そんなことを思いながら妙にせつなくなった私はある日、せめて水に流れが出るようにと、ペット屋で水ポンプを買ってきた。

 さっそくその晩、その水ポンプを水槽に取り付けてみたら、それはモーターに完全に水が入らないと羽が回らず、かなりの水量を必要とすることがわかった。そこで私は、苦心し、創意工夫を凝らし、お寿司の透明パックを利用して、水が深いとこと浅いところを水槽の中につくってみた。

 するとそれはまるで庭園のような趣をもちはじめた。ボスをはじめ、ほかのカニたちも嬉しそうだった。

 まったく動かなかった彼らが、わさわさと動きだし、自らすすんで水が旋回しているポンプのところへ水浴びをしに行った。これで楽しいカニライフをエンジョイできると思った。

 …次の日、ボス中島が死んだ。近藤は脱走してテレビの裏でかろうじて生きて発見された。ショックだった。20匹あまりいた中の生き残ったやつだったのにという思いもあるが、それ以上に、その2匹が水の深いところで明らかに溺れたようだったことが非常に切なかった。カニが溺れるなんて…。

 昨日あんなに楽しそうにわさわさしていたのは「おれは泳げねーんだ、助けてくれー」という苦しみの図だったのか。

彼らは幸せそうに自分たちを見ている私をきっと、極悪非道の鬼か、極上のアホだと思ったに違いない。

ボス中島は玉川の河原に埋められた。

彼らを包んだティッシュの上から最後にお別れのキスをしてみた。やっぱりひじょーに臭かった…。

続く